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ABOUT US

株式会社ラック

事業内容

自動車用品の企画・製造・販売・施工

店舗事業部

エルスポーツ事業部

イベント事業

教育事業 

サービス内容 
設備

Bishamon 2柱リフト × 3

Bishamon アライメント用リフト × 1

CORGHI(TOYO SEIKI) 4ホイールアライメントテスター

CORGHI(TOYO SEIKI) タイヤチェンジャー

CORGHI(TOYO SEIKI) ホイールバランサー

Dynapack ダイナモメーター

溶接機

旋盤 × 3


平素は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。このたび新たなる挑戦をするにあたり、このホームページを通して所信表明させていただきます。
 
以前小職はトヨタ自動車株式会社 第3技術部に所属し、試作車両の製作、テストを担当しておりました。その後、第7技術部においてレース用車両の開発、製作に従事することになり、当時日本国内では自動車メーカーがレースに全力で挑戦し大いに盛り上がった時代でした。この時期、自分自身はラリーの国内トップクラスの方と仕事をした関係で、仕事はレース中心でしたが趣味はラリーに没頭しておりました。その時代に社内ナイトラリーが開催され優勝したことがきっかけで全日本ラリーに挑戦することになりました。この頃、日本には高速道路もない時代で日本国内を一般道のみで移動しました。そして、日本国内がオイルショック、トヨタはレースでの事故から自動車メーカーがレースから撤退した時代の後、トヨタは現在名誉会長の豊田章一郎氏が専務の時代に、トヨタの将来を見定め新たな事業が開始されました。それが現在のトヨタホームのスタートで、社内から特殊な技術を持った7人を集め全てトップシークレットで2年間オール夜勤で始めました。結果専務とは共に居住テストで試作住宅に泊まり、食事をしたりと楽しい時代を過ごしました。しかし、家庭の事情で退社することになりましたが、モータースポーツは継続し、家業を継承しながら1970年豊田市に日本初のラリー専門店をオープンさせ、ラリーへの挑戦とビジネスを両立させることになりました。
 
全日本ラリーに参加しつつ、1975年長年の夢でありましたWRCに挑戦することになり、その頃二人しか海外ラリーに参加しておりませんでしたが、誰一人行っていない英国のWRCを選択し、今考えれば無謀な挑戦をしたと思います。その後、9年間にわたり英国WRCを中心に参戦し、1983年に念願の日本人初のWRCクラス1位を獲得しました。
 
1982年にトヨタ自動車販売会社と合弁で、名古屋市内に巨大なモータースポーツ技術をベースにした新しいスタイルの会社を立ち上げました。海外でのラリー活動の中TTE(トヨタチームヨーロッパ)との交流から、TTEパーツの輸入・販売を開始し1999年トヨタ自動車のアリスト(JZS161)TTE-Versionを企画、トヨタ自動車初のインラインで企画車両180台を全国販売店で販売することに成功しました。
 
さらに、海外ラリー参戦中にBILSTEIN社と交流が始まり、日本車にセットアップし日本マーケットにBILSTEINを拡販しました。欧米に行っている中で日本の自動車文化や交通問題に対する意識の低さなどを感じ、今までのモータースポーツ活動を日本の社会に認知させることと、社会に貢献できることがないかを考え、モータースポーツの技術を生かし、日本の交通問題に新たなメスを入れる体験型交通安全指導事業をトヨタ自動車広報部と連携し始めました。この経験から、現在各行政、企業から依頼を受け、モータースポーツ経験者をボランティアで派遣しモータースポーツの推進と社会貢献を展開してきました。
 
2000年11月には、トヨタ自動車が日本で初めての複合大型ショッピングモールを岐阜市にオープン、弊社にも要請があり、ショツピングモール内に自動車のカスタマイズと、モータースポーツ専門店として出店しました。カスタマイズ部門は、トヨタモデリスタインターナショナル株式会社の岐阜店としてトヨタ自動車の各販売店と一般のユーザーに営業を始めました。
 
2002年には、BILSTEINショックをトヨタ、三菱、ダイハツ、スバルの各自動車メーカーに対し営業支援しております。
 
その後もモータースポーツ振興と選手の育成などのため活動し、2003年には長男で現在ラック営業部に所属している勝田範彦がスバルラリーチームジャパンのドライバーとして契約し、全日本ラリー選手権シリーズ2位、そしてWRCオーストラリアに海外ラリー初参加いたしました。レーシングカート界におきましても孫の勝田貴元が参加し始めヤマハ関係者のサポートをいただきレースに出場いたしております。
 
2004年愛知県新城市とJAFからの要請で、国内初の行政主導型ラリーを弊社クラブと行政とがコラボレートし開催にこぎつけ、モータースポーツが地域社会の再生に貢献できたモデルケースとして大成功し、新たな歴史の一ページを記すことができました。同時に新城市民に対し年数回の交通安全講習会を実施し、市民の方々にモータースポーツを理解してもらい、日本のモータリゼーションにも貢献することができました。
 
2005年には、トヨタ自動車のMR-SにTTE製ターボキットを組み込んだコンプリートカーを全国販売会社から販売しました。
 
2007年には、スバル契約ドライバーの勝田範彦が6年ぶりにスバル車での全日本ラリー選手権シリーズ総合優勝を獲得しました。この功績に対し富士重工業株式会社 本社にて森社長をはじめ役員の方々から祝福をいただきました。レーシングカートにおきましても、勝田貴元がYAMAHAのワークスチームである「トヨタBPレーシングチーム」から全日本カート選手権への参戦が決定しました。
 
そして、2008年3月、以前より探してきた新事業運営のための土地が見つかり、地主である学校法人 愛知医科大学から大きすぎるのではと思いましたが将来を考え土地を取得しました。6月から新社屋の建設に入り、9月完成の予定で進めてまいります。新たにエコロジー事業部を立ち上げ、ラックとしてエコ・環境・安全・健康をテーマに新事業を展開しはじめました。この目的は自動車産業の将来を考慮し先取りを狙っております。
 
以上、設立以来の歴史と将来を見据え、今後もお客様第一で営業努力し社会貢献できる強い企業基盤を作ってまいりますので、ご指導、ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。